戸越の呼び名のおこり
成就庵 行慶寺のはじまり
八幡山成就院行慶寺
江戸名所図絵にみる行慶寺
行慶寺の伽藍整う
戸越の名産はタケノコ
戸越公園は細川公の下屋敷
品川用水と戸越村
剣客商売「十番斬り」
念仏の守護者としての八幡大菩薩
五月一日のお施餓鬼の由来
お十夜は「十日十夜」の法要に由来
園児を病魔から守る庚申さま
三角の自然石、実は馬頭観音
赤い頭巾とよだれかけのお地蔵さま
境内散策:旅立ちの法然さま
境内散策:十三重の石塔
 
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行慶寺の伽藍整う

 前号の「江戸名所図絵」に見るように、江戸中期にはほぼ現在の位置に茅葺きの本堂が勧進、建立されたようです。寛政年間(十八世紀末)には、第二十二世の演暢上人によって改築が行われました。「図絵」は天保七年の刊行ですから、絵は江戸後期の様子を現しています。本堂に向かって左手に見えるのが観音堂です。庫裡と納屋を右手にそなえ、伽藍として整備されたことがわかります。

戦前の本堂と庫裡
戦前の本堂と庫裡

 かつての成就庵は、寛永十一年(一六三四)の検地によって現在の所に寺域を得、寺号を「行慶寺」と称するようになりました。また参道の左右は畑地で、除き地として幕府より年貢を免除されました。
 絵図を今日に重ねて見ると、幼稚園は当時の庫裡から納屋にかけて建てられています。

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