戸越の呼び名のおこり
成就庵 行慶寺のはじまり
八幡山成就院行慶寺
江戸名所図絵にみる行慶寺
行慶寺の伽藍整う
戸越の名産はタケノコ
戸越公園は細川公の下屋敷
品川用水と戸越村
剣客商売「十番斬り」
念仏の守護者としての八幡大菩薩
五月一日のお施餓鬼の由来
お十夜は「十日十夜」の法要に由来
園児を病魔から守る庚申さま
三角の自然石、実は馬頭観音
赤い頭巾とよだれかけのお地蔵さま
境内散策:旅立ちの法然さま
境内散策:十三重の石塔
 
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戸越公園は細川公の下屋敷

 行慶寺から徒歩三分の所にある戸越公園は、江戸時代は肥後細川公の下屋敷でした。

 その庭園は富士山を中心に東海道五十三次を模した回遊式の大庭園で、小堀遠州の設計と言われています。この池の水は品川用水から分岐させて引いてきました。
 明暦三年(一六五七)の江戸大火以降、平山城守、牧野伊予守、津軽越中守など多くの大名の下屋敷が行慶寺周辺につくられるようになりました。
 寛文年間(一六六一〜七三)には熊本藩主の細川越中守が幕府より屋敷を拝領しました。その後諸大名の手を経た後、明治二三年に三井家が払い下げを受け、現在では戸越公園、戸越小学校、大崎高校、国文学資料館などとなっています。

戸越公園
戸越公園

 戸越公園の池などに庭園の面影を見ることが出来ます。
また行慶寺の過去帳には細川家中の武士や中間の戒名も見られ、古い墓石にも武家の氏名が刻まれています。

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