戸越の呼び名のおこり
成就庵 行慶寺のはじまり
八幡山成就院行慶寺
江戸名所図絵にみる行慶寺
行慶寺の伽藍整う
戸越の名産はタケノコ
戸越公園は細川公の下屋敷
品川用水と戸越村
剣客商売「十番斬り」
念仏の守護者としての八幡大菩薩
五月一日のお施餓鬼の由来
お十夜は「十日十夜」の法要に由来
園児を病魔から守る庚申さま
三角の自然石、実は馬頭観音
赤い頭巾とよだれかけのお地蔵さま
境内散策:旅立ちの法然さま
境内散策:十三重の石塔
 
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品川用水と戸越村

 細川家下屋敷(現戸越公園)の池を潤した品川用水は本来農業用水として玉川上水より分水してはるばる引かれたものでした。
 畑地が中心で干害に悩まされていた戸越村など品川領二宿七村は幕府に願い出て寛文九年(一六六九)にこの用水を完成させました。

 品川区に入った用水は後地の地蔵の辻で二股に分かれ、右手の流れが平塚橋から現26号線に沿って東進しました。
 下屋敷の池の流れは下神明付近から北進して目黒川に注ぎましたが、下神明駅の近くには「古戸越橋」の欄干が当時の面影を伝えています。

古戸越橋
暗渠化された品川用水と「古戸越橋」の欄干

 地蔵の辻から左手の流れは百反通りを経て同じく目黒川に至りましたが、その全長は28kmに及ぶといわれ、区内全域の水田を潤し農業生産も拡大し人口も増えていきました。これは江戸城下市民の消費を賄う必要に応えるものでもありました。
 市街化にともない工業用水から排水路とその役割を変えていった品川用水ですが、現在ではすべて暗渠化されるなど姿を消してしまいました。

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