行慶寺の歴史

行慶寺の歴史

行慶寺の伽藍整う

「江戸名所図絵」に見るように、江戸中期にはほぼ現在の位置に茅葺きの本堂が勧進、建立されたようです。寛政年間(十八世紀末)には、第二十二世の演暢上人によって改築が行われました。「図絵」は天保七年の刊行ですから、絵は江戸後期の様子を現しています...
行慶寺の歴史

江戸名所図会にみる行慶寺

名主・斎藤家が三代をかけ、天保七年に江戸とその近郊の名所旧跡案内として刊行したものです。 その巻之二に見る行慶寺は「大崎より東海寺裏の方、戸越村にあり。文禄元年起立、浄土宗にして開山念譽上人。戸越八幡兼帯なり。願成院と号す。」と本文にあり、...
行慶寺の歴史

剣客商売「十番斬り」

文科省資料館脇の細い道は行慶寺の前を経て碑文谷へ通じる古道でした。池波正太郎はこの戸越を時代小説「十番斬り(新潮文庫)」の舞台にしました。『天明三年(一七八三)正月、剣客秋山小兵衛は駕籠で行慶寺へ向かった。行慶寺は、戸越村の鎮守・戸越八幡兼...
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八幡山成就院行慶寺

江戸に幕府が開かれて間もなくの寛永十一年、幕府より戸越の現在地に土地を賜り、寺号も「八幡山成就院行慶寺」と号するようになりました。約三十年後の寛文二年、戸越に細川越中守の抱屋敷がつくられました。この抱屋敷は、現在の戸越公園・戸越小学校・文部...
行慶寺の歴史

八幡大菩薩

行慶寺の隣には神社があります。言い伝えによればご神体は行慶寺裏手の清水の中から出現したそうで、そのためか、秋の祭礼には必ず雨に降られるようです。八幡神社は行慶寺の東北角、鬼門に当たるところにあり、念仏の信者を悪疫からお守りする役目を果たして...
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ルンビニ幼稚園

行慶寺ルンビニ幼稚園は、昭和30年12月、地域の子どもたちの豊かな心の育ちと健やかな発達を願って行慶寺により設立されました。 「明るく、正しく、なかよく」をモットーに、個性尊重の保育、生活中心の保育、自然と共にある保育を目指してまいりました...
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成就庵 行慶寺のはじまり

今から約500年ほどの昔、行永法師という方が「成就庵(じょうじゅあん)」という庵(いおり)を旧中原街道沿いにむすびました。そこには水量豊かな池もあって、上人は馬込から江戸へのこの古い街道を行く旅人に白湯を施したり、村の人々に念仏をすすめたり...